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  第14話

 あれから三日の時が流れていた。
 クレスと母親が、最後の別れを済ませてなお、彼らはアースロッドに留まっている。
なぜか。
 あの後クレスが突然気を失ってしまい、今だ気を取り戻していないからだ。

 「大丈夫……ニ、三日眠れば自分から目を覚ますわ。今は……自分の心の中で、母親との想い出を回顧しているのよ」

 宿屋にクレスを運び、レイナが診察した結果だ。
 余談かも知れないが、トッポと呼ばれた盗賊ギルドの男は、魔法に対する抵抗力が低かったらしく、精神が狂ってしまったようだ。
 あの後町の診療所に入院したとか。
 あくまでも余談なのだが……。
 さて、クレスが眠りに就いている頃、その間ブラックウィンド達は、町をくまなく歩きラスト・オブ・ブレイズの情報を集めることにした。

 ディット・バーンも。
 レイナ・サイレンスも。
 クレス達と旅をすることに決めたのだ。
 ディット・バーンに限って言えば、行く先が同じサイドイーリス方面だという事が分かったからに過ぎないのだが。それもサイドイーリスで分かれる事になっている。
 それもこれも、クレスが起きてきてクレスの了解をとらないといけないのだが……。
 それから、既にアースロッドの町には以前の様な活気が戻りつつあった。
 ディット・バーンが盗賊ギルドを沈めたため、彼らの平穏を奪おうとする者はいなくなったからだ。
 その功績のおかげか、ディット・バーン達が倒れたクレスのために宿を訪ねたところ、無償でベッドを借りられることになった。
 それどころか、クレスの目が覚めるまでの間、食事の面倒まで見てくれるというのだ。

 「クレスは?」

 ディット・バーンがレイナに向かって、この地方じゃ主食となっている黒パンを放りなげながら尋ねる。

 「まだね……。でも大分精神が安定してきたから……今日中には目が覚めるかもしれないわ」

 そのパンを受け取り、小さくちぎりながら食事にする。

 「ブラックウィンドは?」

 今度はレイナが尋ねる。

 「この前の男を連れて、現場に行った」


 現場とは三日前に壮絶なるイベントがあった、あの場所のことだ。

 「イル」

 ブラックウィンドはゴロツキの彼に声を掛けた。
 彼の名はイルというのだ。

 「はい?」

 イルはそのまま肩にとまっているブラックウィンドに返事をする。

 「ここに……町の人に掛け合って、ここに石碑を建てて欲しいのだ」

 ブラックウィンドは神妙な面持ちでそう告げた。

 「……クレスさんのお母さんのですか?」

 イルはその晩、すべてを経験した。
 すべてのイベントを経験し、そこで起こった全ての出来事を唯一見た住民なのだ。

 「そうだ」

 ブラックウィンドはそう言うと、イルの肩から下の土へと降り立った。

 「この場所にだ。なにも豪勢な石碑を建てて欲しいと言うので無い。ただ……クレスや俺達が、何か間違いを犯しそうになったときに、帰って来れる場所を作っておきたいのだ。俺達の旅はきつく辛いものになる。そんな時に、ここで出会った時の気持ちを忘れぬように……あの出来事を忘れぬように」

 その言葉を聞いたイルは、静かに瞳を閉じた。
 あの夜のことを思い出すかのように。


 「それで、何か情報はあったの?」

 レイナがパンひとつを食べ終えて、新しいパンに手を伸ばしながら尋ねる。

 「あぁ。ここより更にサイドイーリスに近づいた村に、ラスト・オブ・キマイラを目撃した人物がいるらしい」

 ディット・バーンも次のパンに手を伸ばす。

 「それじゃ、最初の目的地はそこになるわけね」

 横においてあった乾燥肉にも手を伸ばす。

 「それは俺のだ」

 ディット・バーンも譲らない。

 「一枚くらい、いいでしょ!」

 「自分の金で買え」

 お互いに一歩も譲らない。
 その時だった。

 「やれやれ……毎日飽きもせずに、同じような争い事をよくもまぁ……続けていられるものだ」

 ブラックウィンドが帰ってきた。

 「お前の分だ」

 ディット・バーンはそう言うと、余っていたほうの手でブラックウィンドにパンを投げる。
 さも人間に投げるかのように。

 「な、投げるな!」

 そう言いながらも器用にくちばしでパンをキャッチする。

 「ところで、情報はあったのか?」

 ブラックウィンドは自分用の堀の深い皿に、パンを移しながら二人に声をかける。

 「今その話をしていたところよ」

 レイナはいつの間にか奪い取っていた乾燥肉を口いっぱいにほおばりながら答えた。
 レイナの正面では、ディット・バーンが渋い顔で手の甲をさすっている。
 どうやら指でつままれて乾燥肉を奪い取られたようだ。
 天下のディット・バーンといえども、平和なときぐらい油断もする。
 と、その時だった。

 「ん……んっ……ここは……?」

 ベッドの上で横たわったままだったクレスが目を覚ました。

 「クレス!大丈夫なのか!」

 ブラックウィンドはすぐさま、クレスのところに飛ぶ。

 「騒ぎ過ぎだ。飯ぐらい静かに食わせろ」

 ディット・バーンはそう言うとクレスに向かってパンを投げつける。

 「こっちもあるわよ〜」

 レイナの投げたものは、ディット・バーンが自分の金で買ってきた乾燥肉。
 の、残り二枚のうちの一枚。

 「それは俺のだと言ってるだろうが!」

 そう言ってキャッチしようとするが、一早くクレスに獲られる。

 「……乾燥肉だ」

 そう言うとクレスは黙々と食事をとり始めた。
 無理も無い……。
 三日の間ベッドに横たわっていて、その間何も口にしていなかったのだ。

 「ちっ」

 ディット・バーンも、さすがに寝起きのクレスに毒づく気は無いらしい。

 「クレス。この二人も今日から一緒に旅をすることになったからな。ディット・バーンと、レイナ・サイレンスだ」

 クレスはパンを口いっぱいにほお張りながら二人を見る。

 「……よろしく」

 パンを飲みこんで、一言だけいうと、また次のパンをほおばる。

 「やれやれ……」

 ブラックウィンドはクレスの布団の上で小さくため息をついた。
 どうやらこの間の夜の出来事に関しては吹っ切れたようだ。

 「さっさと食え。次の町が待っている」

 ディット・バーンはそう言うと、まだ残っていた乾燥肉一枚を無造作にポケットの中に突っ込んだ。

 「げっ!あ……あんた袋にくらい入れなさいよ!」

 「知るか」

 「あんたの買ってきたやつもう食べないからね」

 「元々やる気は無い」

 二人の掛け合いも、どこか楽しそうに聞こえる。
 季節は秋の終わり口。
 新たなメンバーを加え、新たなる旅立ちの日が来る。
 クレス・ロックスター。
 『いい風の吹く場所』
 を探している旅。
 今、彼らの本当の物語が、紐解かれた。