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  第12話

 「……なんだと?」

 ディット・バーンはそう声を絞り出すしかなかった。
 レイナに至っては口を開いても声が出せない。
 (ラスト・オブ・ブレイズが母親だと?)
 ブラックウィンドは自分の憶測が当ってしまったことに、憤りを感じた。
 クレスは動かない。
 いや……。
 ……動けない。

 「盗賊!クレスを!」

 そのブラックウィンドの声に、ディット・バーンはすぐさま意味を察知し、今や放心状態になっているクレスを抱えて走り出した。
 ブラックウィンドもすぐにディット・バーンと同じ方向へ駆け出したレイナの肩へと飛び移る。
 そして、その間が三十メートルくらい離れた木の影に着いた。

 「ブラックウィンド……なんで?なんでなの?」

 「クレス……!」

 浮かばない。
 声が浮かばない。
 何を話していいのか……浮かばない!

 「烏……いや、ブラックウィンド。状況を説明してくれ」

 ディット・バーンは優しくクレスの体をなるべく汚れない草の上に横たえて、すぐにブラックウィンドのほうへ向き直る。
 (優しいんじゃない)
 レイナはそのディット・バーンの姿を見て少し気分が落ち着いた気がした。
 今までは、彼に恐怖しか感じていなかったのだが、今の行動を見て少し仲良くなれそうな気がしたのだ。

 「クレスは……先の戦争で両親を亡くしているのだ」

 その言葉が二人に与えた衝撃はどれほどのものであっただろうか?
 先に言葉を開いたのはディット・バーン。

 「だとしたら……あれは?」

 ゆっくりとではあるが、確かにこちら側に向かって歩いてきている女性を見た。

 「わからん……しかし、このクレスの様子を見る限り、あれが偽者だとは思えん」

 ブラックウィンドは搾り出すような声を出す。

 「でも……死霊臭は何も感じなかったわ」

 レイナも口を出す。

 「……話に聞いただけだが、ラスト・オブ・ブレイズは……キマイラという術は、一種の時魔術みたいなものらしい。その時々によって、対峙する者や、周りの環境によって姿が変わっていく。その時の姿に適したものを合成する……」

 ディット・バーンはサイドイーリス盗賊ギルドの長の言葉を思い出していた。
 万が一出会ったとしても、時にだけは巻き込まれるなよ、と。

 「つまり……」

 レイナが恐ろしいことを口にするかのように言う。

 「あれは、彼の本当の母親」

 ディット・バーンはそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。

 「こいつを少しでも正気にさせるんだ。……時間は稼ぐ」

 ブラックウィンドはディット・バーンの目を見つめた。
 (助かる……)
 その目から何を感じ取ったのだろうか?
 ディット・バーンはゆっくりと広場に出るとその場でゆっくりと、両の手にミドルソードを掲げた。

 「でも、人の魔力は感じなかったのに!」

 レイナは自分の分析が間違っていたのだと、実力のなさを嘆く。
 だが、それは違う。

 「たとえ彼女が本当にクレスの母親だったとしたら、それはあるはずのない死からの復活ということになる。本来ならばそこに存在しない魂なのだ。魔力が見つけられないというのはあり得ない話ではない。今起こっていること全てが、既にあり得ない話なんだからな」

 ブラックウィンドはレイナにそう言うと、再度クレスに向き直る。

 「クレス!気をしっかり持て!」

 ブラックウィンドはクレスに呼び掛ける。
 それを見ていたレイナは目を瞑った。
 その目の奥にあるものは、きっとレイナにしか分からない。
 だが、だからこそレイナはクレスの前に屈んだ。

 「烏さん……ちょっと、どいて」

 レイナは目を開いてそう言うと、ブラックウィンドを担いで自分の肩に乗せた。

 「クレスくん……お母さんに会いに行こっか」

 クレスの目がレイナを見る。
 その瞳は、生きているのに死んでいる。そう表現出来そうな程に虚ろだ。

 「せっかく会いに来てくれたんだから……ね?」

 優しい声だ。
 ブラックウィンドは思った。
 今まで聞いていた彼女の声が決して優しくなかたわけではない。
 どちらかと言えば、きつい口調ととられてもおかしくはないその語り口だが、それでも彼女の言葉には優しさが皆無ではない。
 無邪気な年相応の言葉。
 だが、今のレイナの口調は言葉の芯から優しさを運んでいるよう。
 (そうか……彼女も)
 そう。
 レイナ・サイレンスも両親を早くに亡くした一人だった。
 しかし……彼女の両親は亡くなっただけではない。

 「私は……私のお母さんとお父さんは……」

 レイナの瞳は強くクレスを捉えていた。
 焦点の定まっていないクレスの瞳を、優しく捉えていた。

 「死霊使いにやられたの……」

 ブラックウィンドは瞳を閉じた。
 なんと残酷な……。
 これ以上に残酷な死はない……。
 死霊使いにやられたら、その僕者としてゾンビとなって生き返る。
 そして、死霊使いの与えた任務を遂行すれば人間として生き返れるのだ。
 しかし、生き返ったとしても社会の場では生活できなくなる。
 一度死を経験した者に、日の光は強すぎる。
 夜の住人としての生活しかできなくなるのだ。
 もし、死霊使いの命令を裏切ったならば、その時は、灰になって滅びる道しか残っていない。
 どんな魔術を使っても、どんな神聖な祈りを捧げても……もう戻らないのだ。
 死んだという証……亡骸すら残らないのだ。

 「その死霊使いは街を滅ぼす為に、魔力の高い魔術師達だけを殺し、……ゾンビとして操った……その中に私のお母さんとお父さんもいたわ」

 また一かけら……また一かけらと、クレスの手には暖かなぬくもりが伝わってくる。
 クレスの瞳に光が戻ってきた。

 「でもね……私の死んだお母さんとお父さんは……操られてはいたけど……抵抗したら二度と生き返れないと分かっていたけれど、死霊使いに抵抗して街を救ったのよ。いいえ、違うわね。私を救ったの……」

 ブラックウィンドは声が出ない。
 胸がつまる。

 「灰になるとき……私を見て笑ったわ……私が無事に生きている姿を見ると、安心したかのように微笑んだの。死んでいるのに、死んでいるのに。最後の最後まで私を愛してくれていた。大好きなお母さんとお父さん……」

 クレスの目には大粒の涙が浮かんでいた。

 「それがお母さんとお父さんなの……。例え、姿形は変わっていても……それが本当の家族なのよ……」

 レイナはそう言うとクレスに向かって、笑顔を見せる。
 クレスの瞳に宿っている光は、今、輝きを取り戻していた。

 「今あなたがする事……今あなたがしないといけない事はなに?あなたに会いに来てくれた優しいお母さんにしてあげなければいけないことは……なに?」

 精一杯の強がりだと思う。
 彼女の瞳にはうっすら涙が浮かんでいるからだ。
 クレスはじっと彼女を見つめる。
 彼女はなんでこんな辛い話をしてくるのだろう?
 自分だって辛いはずなのに……自分だって思い出したくなんかないはずなのに。
 ブラックウィンドはクレスを待つ。
 クレスのするべき事は決まっている。
 他に何をすればいいというのか?
 答えは目の前に屈んで、自分に哀しい想い出を聞かせてくれた少女が探してくれた。

 「ブラックウィンド……ボクは彼女に何ができるかな?」

 ブラクウィンドはクレスの肩に飛び移った。

 「お前が感じていることを……そのまますればいい」

 その声にクレスは起きあがった。
 自分の母親に会う為に。