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  第05話

 「よく分かったな。俺がカイラス・アレサンドロだと」

 ユーロスはそう言うと、身体を起こした。

 「あの場面で他にどのように考えるという?お前がカイラスでなかった場合、俺は自分自身の生き様をそっくりそのまま、否定しなければならなくなる。だが、お前がギルド員であるという事実は、キュービック酒を出された時点でそれは間違いのないものになった。客に対してあれは出す酒ではない。ならば中に微香性のある薬が入っていると考えるべきだ。もっともそれさえ予測していれば、あの混ざった香りからキュービックに入っていた物が光り苔の粉末だというのはすぐに理解できる。それとお前の放っている気。それは普通の人間では纏えない程、負のオーラに満ちている。それはギルド本部も方から得た情報に酷似していた。それに加え、あれだけ気配を消す能力に長けているとなると、貴様以外にカイラス・アレサンドロはあり得ないんだよ」

 ディット・バーンはそう言うと喉に詰めておいた小さな革袋を吐き出した。
 その中から何やら液体が零れ、そのきつい香りから、それが先程出されたキュービック酒であることが分かるだろう。
 ディットはこの革袋でキュービック酒を意に入れることを防いだのだ。

 「さすがはギルドに籍を置く者だな。あれくらいは分かるか」

 カイラスはそう言うと、右手を挙げようとする。
 だが……。

 「あぁ。仲間を静かに呼ぶ必要はない。二十二……いや、二十三か。この程度で俺を黙らすことが出来るとでもでも思ったか?」

 ディットはそう言うとユーロスに、いやカイラス・アレサンドロに向かって、ただでさ え鋭い目を更に鋭くした。

 「くっくっくっ……ディット・バーン。貴様ごときを葬るのに、これだけの人数で足りないだと?笑わせるな!貴様ごとき本来ならば私一人で十分なのだ!」

 そう言うとカイラスは懐からナイフを取りだすと言った。

 「場所を変えさせてもらう。ついてこい」

 「悪いがついていく理由がないな」

 ディットは瞬きさえせずに、カイラスを見据える。
 その言葉にカイラスは不適な笑いを見せる。

 「貴様に選ぶ権利はない。貴様も知っての通り、我々のギルドは既に本部より破門を言い渡されている。だから貴様が来ることは分かっていた。……盗賊ギルド処刑人ディット・バーンよ」

 そういうとカイラスは右手を高く挙げた。
 その動作の後、一人の女性が猿ぐつわをはめられ、両手を後ろ手にしばられたまま、ギルド員と思われる男に連れてこられた。

 「……何の真似だ?」

 ディットは、その女を一瞥すると、カイラスに向かってそう尋ねた。
 その口は怒りのためか、両端が少し垂れ下がっていた。

 「貴様も分かっているはずだろう。貴様が私の命に従わないなら、この女をこの場で殺してやろうというのだよ。さぁ選ぶがいい。ここで戦うことを選び、むざむざこの女見殺しにするか?それとも私の所定した場所に向かい、この女を救うか?」

 カイラスはそう言うと、ナイフを女の胸にあてがう。
 そしてしばしの沈黙。

 「……従おう」

 ディットはそう言うと、苛立たしげに懐に仕込んでいたナイフを壁に向かって投げつけた。

 「ぐはぁっ!カ、カイラス様!……」

 そこには壁隠れの術を使って潜んでいたギルド員がいた。
 ディットの投げたナイフが、寸分狂わずその喉元に突き刺さっている。
 即死だ。

 「貴様に合わせてやるんだ。貴様が仕込んでいたかは分からないが……不意打ちをしようとしてきた馬鹿の数くらい、減らしても構わないだろう?」

 そのディットの言葉にカイラスは不適な笑みを返す。

 「構わん……。ついてこい」

 そう言うとカイラスは背後をギルド員に守らせながら先だって歩く。

 「待て」

 その背後にディットが声をかける。

 「女を放してやれ」

 カイラスはそう言葉だけを返すと、また歩き出した。
 ディットはギルド員が女を放し、その女が逃げていくのを見届けてから、カイラスの後を追った。
 ついた所は木々に回りを囲まれているものの、広々とした空き地だった。
 (俺の攻撃スタイルとかは分かっているはずだ……なら何故あえて、俺に有利な場所を決戦の場に選んだのか?)
 ディットの武器は二本のミドルソードである。
 ミドルソードというものは、ショートソードとロングソードのちょうど中間に属する剣だと考えてもらえばいい。
 ショートソードのように狭い敷地内で効果を現すのではなく、ロングソードのように一対一の戦闘や、重鎧をつけた戦士達の戦いのような場面に向いているわけでもない。
 それこそ今いるような多対一で広い場所で戦闘するのに向いている。
 長さがそれほど短いわけではないので、慣れたらこれ以上に扱いやすい武器はないといわれるほどだ。
 そして、ディットはこのミドルソードの名手だった。

 「ここが貴様の墓場だよ。ディット・バーンくん」

 カイラスはそう言うと、葉巻に火をつけた。
 その仕種一つ一つに、ディットを不快にさせる何かがあるようだ。

 「……貴様。これくらい開けた場所こそが、俺の土俵だと知ってのことか?」

 ディットはそう言うと、氷塊よりも冷たいであろう、その視線を更に鋭くした。
 その両の拳には、いつのまに握られたのか、愛用のミドルソードが収まっている。

 「貴様の土俵だと?知っていたかだと?笑わせるな!しょせんは盗賊ギルドの処刑執行人ごとぎが!」

 そういうとカイラスは右手を大きく空に掲げた。
 その瞬間ディットを囲んでいた二十三……いや、二十二人のアースロッド盗賊ギルド員たちが動き始める。
 だが、動いていたのは、カイラスと、その仲間達だけではなかった。
 世界最弱の種族である人間。
 その人間において、今その時、音を越えた者がいた。
 彼の名は。
 ディット・バーン。

 「処刑を開始する」