「あ〜あ。結局夜になっちゃたよ」
クレスは町の入り口を見渡しながらそうつぶやいた。
声に微かないじけた感じが含まれている。
夜はあまり好きではないのだ。
「お前が夜を好きじゃないのは知っているが仕方ないだろう。しかし、あんな所で野盗が出るとはな。しかも俺の記憶の中では、あれは盗賊ギルドに籍を置いている人間の格好だとなっている。だが……ギルドの人間というのは生きた人から物を盗るような真似はしないはずだが……」
漆黒の翼を持つ烏のブラックウインドは、クレスの肩に止まりながらそう言った。
彼もまた盗賊ギルドの内情を良く心得ているのだ。まだ人としていた頃に何らかの接点があったのだろう。
「でも確かに僕の見てきたギルドの人たちとも違ったよ。僕は一度ギルドの人と短期間だけど旅したことがあるけど、悪い人間じゃなかったもん」
クレスもそう言うと、剣の柄をギュッと握る。
その野盗に襲われたとき、クレスは有無を言わさずに彼らを斬り捨てた。
クレスにとっては悪い人間というのは、邪悪な魔物と同類として感じている。
(簡単に人を斬るのをやめさせないといけないんだろうがな……)
ブラックウインドは人を斬った後の、クレスの感情を良く理解している。
それだけにかける言葉も見つからないし、ただ人を斬るなというその一言が、どうしても喉を通ってはくれなかった。
その感情が現れたからこそ、ここにくるのが遅くなったわけだ。
「で。どうするんだクレス。こんな時間じゃ宿はもう開いてはいまい。ただでさえラスト・オブ・ブレイズのことで町の中がピリピリしているハズだ。もっとも開いていたとしても外来の人間に宿を貸すかどうかも定かではないがな」
ブラックウインドはそう言うとクレスの回答を待った。
これが、クレスとブラックウインドの関係だ。
ブラックウインドが問題を示唆し、クレスが自分で考えて、自分で動き出す。
ブラックウインドにとって、この"クレス・ロックスター"は、きっても切れない存在になってきている。
ブラックウインドに尋ねたならば、あるいは年の離れた弟のようだとでも答えるだろうか。
「今日は野宿するしかないよね。明日にでもまた宿は探せばいいよ」
「ちくしょう……ちくしょう……」
ブラックウインドは何も言わずただ側にいた。
出会ってから何度目になるだろうか?
「ちくしょう……ちくしょう……」
何度こいつの感情が放出されるのを、ただ眺めてきたのだろうか?
「ちくしょう……ちくしょう……」
その度に、何度自分のこの身体を恨んだのだろうか?
こいつの肩に手を置いてやって、慰めてやりたかった。
『俺だって何度も人を殺した。その度に悔やみもした』
自分も通った道。
「ちくしょう……ちくしょう……」
今のこいつと、昔まだ人でいた頃。
まだ駆け出しの戦士で、ただの傭兵として戦をくぐり抜けてきた頃の自分の姿がダブって見えた。
『俺だって何度も人を殺した。その度に悔やみもした。けどなクレス。それを悔やむ気持ちをお前が忘れない限り、その気持ちをお前が大事にしている限り、お前はまだまだ成長することが出来るんだ』
クレスはただ同じ言葉を繰り返しながら泣いている。
いつもこうだ。
クレスは人を殺めたとき、相手が悪者でどうしょうもない時でさえ、その人間を殺してしまったことに涙してきた。
『本当に人を憎むことが出来ない』
クレスはその宿命を背負いながら生きてきた。
「ちくしょう……ちくしょう……」
ブラックウインドがそれに気づいたのは一緒に旅するようになって四年が経った時だった。
それ以来、何度この言葉をかけてやりたかった事か。
この、自分と似すぎた宿命に、人生を弄ばれているこの男に、何度言葉をかけて、クレスの肩に手を置いてやりたかったことか。
出来なかった。
自分は今や人ではない。
お前に声をかけてやることが、果たして人でなくなった俺に許されるのだろうか?
なぁクレス。
お前はこんな姿になった俺の声に素直に耳を傾けてくれるのだろうか?
ブラックウインドもまた宿命に弄ばれているものの一人だった。
なぁクレス。
俺だって何度も人を殺した。
その度に悔やみもした。
けどなクレス。
それを悔やむ気持ちをお前が忘れない限り、その気持ちをお前が大事にしている限り、お前はまだまだ成長することが出来るんだ。
強くなれ。
ただ剣の腕を磨き、人を殺めることだけに強くなるな。
世の中には困っている人間がたくさんいる。
苦しんでいる人間がたくさんいる。
お前にはそいつらを救うだけの優しさがある。
自分が殺めた人間に涙を流してやるだけの優しさがある。
お前はお前だ。
俺は知っている。
お前にはお前だけにしかない強さがあるんだということを。
だからクレス。
強くなれ。
「ねぇブラックウインド。人の戦う気配がする。それも二つの箇所で。どっちもまだ始まっていないけど、始まるのも時間の問題かも知れない」
その言葉にブラックウインドは、回想から戻ってきた。そしてすぐさまクレスの肩を離れようとするが、今は夜である。
ブラックウインドには遠くを見渡すことは出来ない事を思い出した。
「この身体の不便なこと!」
ブラックウインドはそう毒づきながら、気配を感じ取るために気を集中する。
南の方角に強い気を感じる。
あともう一つは……これは!魔術師がいる!
それならばこちらは魔術師を善者とした場合問題はない。
たとえその魔術師が一人だとしても、その力はたかが一般人には到底太刀打ちできるものではない。。
もし魔術師の相手がこの町の盗賊ギルド員だったとしたら、ギルド員が何か不快なことをしたからだろう。
ならばこっちは放って置いても問題ない。
ただし悪者だった場合は……。
逃げるに限る。
「クレス。南だ!なにか強い気が集まっている!」
クレスはその言葉を聞き終える前に、南に向かって駆け出した。
クレスには分かっているのだ。
ブラックウインドの言葉こそが、自分を良い方向へと導いてくれるのだと言うことを。
その事をブラックウインドは知る由もなかった。
いずれ、分かるときが来るのだろうか?
この宿命に弄ばれている二人の絆よ。
|