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  第03話

 ここにアースロッドという名の町がある。
 このアビエンヌ街道において、町自体の大きさにおいては、それほど目立った町ではないが。
 それでもこのアースロッドには、アビエンヌ街道農業組合の本社があるためか、実際アビエンヌ中地域においては、このアースロッドが中心になっているようだ。

 そのアースロッド。
 時間はもう夜の十時を回った頃であろうか?
 一人の<恐らく>年若い女が一人出歩いていた。

 究極合成魔獣ベレイロ・キマイラ=ラスト・オブ・ブレイズ。
 その出現が明らかになった近頃は、町や村といった人の集合した場所においてもこんな時間に出歩いている人間というのは、町の警備隊や一部の若者、とりわけ不良と呼ばれる人間に限っている。
 その中で年若い女性が一人出歩いていると何かと目立つものだ。
 実際、町の不良と思われる男達が三人程彼女を取り囲んでいた。

 「なぁこんな時間に何してんだい?あんたラスト・オブ・ブレイズの話を聞いていないわけじゃないだろうな?魔術師さんよ」

 いかにもその女は魔術師であった。
 頭の尖った通常三角帽子と呼ばれる帽子。
 それはこの地方だけではなくアステランデ大陸共通のもので、その帽子を被るものが魔術師であるということは三歳の子供でも知っていることだった。

 彼女は、その魔術師ギルドから認定された魔術師だけに提供される帽子を深く被っている。
 帽子の下から彼女の表情を窺うことはできない。

 「知ってるわよ」

 女はわずかに彼の顔を見ると、また元向いていた方を向くとスタスタと歩き始めた。
 唖然とするゴロツキたち。
 今まで声をかけた女という女達は自分たちの姿を見ただけで、驚愕の声を上げ一目散に 逃げていった。
 実際それを見てそれをからかうのが楽しいのであって、このようなあっさりとした反応をされ事は正直今まで覚えがない。

 「ちょ、ちょっと待てよ!なんなんだよお前!ラスト・オブ・ブレイズが怖くねぇのかよ!」

 彼は、女魔術師の肩を掴んだ。

 「私はラスト・オブ・ブレイズには何の興味もないから。それじゃあね」

 女魔術師はそう言うと、彼の手をはねのけ、またもスタスタ歩き出した。
 しかし、その彼はますます嬉しそうな顔をしながら女魔術師を追いかける。
 他のゴロツキはそれを見ているのに飽きたのか、すでに姿を消している。

 「あんた面白いな。あんたみたいなやつに初めてあったぜ。この町には腑抜けしかいない。腑抜けか俺達みたいなヤツか、好き放題やる盗賊ギルドの人間がいるだけだ」

 その言葉に女魔術師の動きが止まり、彼の顔をまじまじと見る。
 その視線に彼の動きが硬直する。
 それもそのはず。
 女魔術師は、それこそ劇団にでもいれば、すぐに花形スターとして活躍できるだけの、整った容姿をしていた。
 実際、魔術師として芽が出るまでは、町にある小さな劇団で、ちょっとした人気騒動を起こしたくらいのものである。その時はそれはそれで大変だったのだが、その話は今度機会があればすることにする。

 「な、なんだよ。そんな見られると照れるじゃないか」

 彼がそう言うと、女魔術師はため息をつく。

 「そういう冗談はおいといて、何その好き放題やってる盗賊ギルドって?私の知っている一般常識によると、私たち魔術師ギルドなんかよりも、よっぽど統率がとれていてかなり硬派な集団だってなってるんだけど」

 その言葉に彼は、深いため息をつく。
 そのため息が、ここアースロッドの盗賊ギルドが真っ当なやり方で生計を立てていないというのが、女魔術師には理解できた。
 そして、ため息が終わるか終わらないかといううちに、その男は女魔術師の顔を見る。

 「あぁ。この町でも二年前まではちゃんとしたギルドだったさ。頭領がいい人でな。おれたちのようなゴロツキにも優しく接してくれていたんだ。けど、その二年前に頭領が変わっちまったんだ。それからやつらは人の物に手を出すようになった。欲しいものを手に入れるために人を殺したり、最近では若い町の女達にも手を出すようになってきた。だから最近では若い女達は家から一歩も出なくなったよ」

 彼はそう言うと憎々しげに近くにあった樫の木を殴りつけた。
 その横で女魔術師も怒りを露わにしている。

 「腐ってるわね。人の物に手を付けるのどうのはおいといて、女に手を出すぅ?」

 怒る観点が若干ずれている気がしなくもないが。

 「そういう奴らは私がしめてやるわ。どこにいるのそいつら?」

 女魔術師はそう言うと彼を見た。

 「それは……」

 彼が口を開こうとしたそのときだった。

 「探す必要はねぇぜ。ここにいるからな」

 彼の殴った樫の木の上から声がする。

 「そこの魔術師さんよ。名前を名乗りな。おっと、別におめぇに興味があるわけじゃねぇ。おめぇの墓を作るときに必要だからだ」

 そう言いながら木から降りてきたのはトッポと呼ばれる男だった。

 「私?……私の名前?知りたかったら私に勝てば?まぁ、万に一つもあんたたちに勝ち目はないだろうけどね」

 そう言うと女魔術師は、いかにも憐れんだ表情でトッポを見る。

 「むすめ……覚悟はいいだろうな?ギルドの人間をこけにしたんだ。覚悟は出来ているんだろうな!……おい、おまえら!」

 トッポはそう言うと、鋭く口笛を吹いた。
 それと時間違わず、六人ほどのギルド員が集まってくる。

 「副頭領。お呼びですかい?」

 その中でも頭の悪そうなヤツがトッポの元に歩み寄る。

 「こいつだ……この生意気なくそ女をやっちまいな。手段は構わねぇ……。俺は頭領の元にいってくる。どうやら噂のギルドの人間と合流したみたいだからな」

 トッポはそう言うと忽然と姿を消した。
 (あいつ……できる)
 女魔術師は心の中でそう呟くと、トッポがいなくなったことに対して、心からの安堵を得た。
 トッポと呼ばれる男。伊達に副頭領を務めてはいない。己の気配を消すことに関しては現頭領の上をいく唯一人のギルド員であった。

 「さぁお嬢さん……お楽しみといこうじゃないか。夜は長いぜ」

 残ったギルド員の一人がいやらしい表情を、その汚れた顔に浮かべながらヘラヘラ笑っている。
 (残ったのは下品なやつばっかりか……彼にも活躍してもらおうかしら)
 女魔術師はそう思いながら、手に魔術師だけが持てる杖を構える。

 「そこの君。あんたにも手伝ってもらうわよ。あそこのノッポ。あいつは君に任せたからね」

 「え?あ、あぁ!分かった!任せとけ!」

 女魔術師の言っていることをやっと理解した彼は、ポケットに入れていたナイフを構えて向かっていった。
 自分の見立てた感じでは、ここにいるギルド員じゃ彼には勝てない。
 普通の一般市民として生きてきたにしては、潜在能力が高いのだ。
 だったら、自分が楽をするためにも、手伝ってもらいましょう。

 「さて、皆さん。死ぬ準備はいいかしら?」